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SPIRIT映画解説マニア編
「SPIRIT」は日本公開時に付けられた邦題で、原題は「霍元甲」、英語原題は「FEARLESS」という映画です。中国・清末に実在した武術家・霍元甲と彼の設立した「精武體操會」(精武門)を舞台とした伝説的電影、「精武門映画系列」の一つということになります。 。。。と、ここまで読んで、何がなにやらさっぱり分からないという香港映画、カンフー映画初心者の方は、まずSPIRIT入門編からどうぞ。 SPIRITデータ 「霍元甲/FEARLESS」 製作国:香港/アメリカ 言語:北京語、英語、日本語 上映時間:日本公開版 103分、香港(DVD) 104分、フィリピン 105分、英国 104分 なお、ワーキングフィルム143分版が存在しているという話あり SPIRITストーリー 1910年、上海。国力疲弊し外国列強に四分五裂に支配されようとしていた清末のその時代、世界中から集められた武術の達人四人に唯一人挑む、中国人武術家・霍元甲。 彼はかつて「天津一の武術家」になる事を目指し、生死状を交わした相手との果し合いに明け暮れる日々を送っていた。しかし、強さで相手を屈伏させる事を求める内にいつしか道を見失い、遂に取り返しのつかない過ちを犯してしまう。何もかも失い放浪の旅に出た彼は、辺境の小村での生活を経て生きる意味を取り戻し、「武徳」を旨とする武術家として再起し、流派を越えた武術教育機関「精武體操會」を設立する。 達人三人までを見事な技で打ち破った霍元甲の最後の相手は、日本人武道家・田中安野。彼との熾烈な戦いは意外な結末を迎える事になる…。 SPIRITキーワード 1.霍元甲の伝説 映画「霍元甲/FEARLESS」の主人公、霍元甲は実在の人物である。 しかしこの映画の物語は、「SPIRIT」の宣伝で喧伝されているような「感動の実話」ではない。 霍元甲は中国に於いては「伝説の英雄」であるのだ。それは、「実話における大石内蔵助」と「仮名手本忠臣蔵の大星由良之助」位異なっていると考えてもいいだろう。 「伝説化」のポイントは幾つかある。 ・弱きを助け、強きを挫くエピソードの持ち主である。迫害を受けたキリスト教徒を匿い、引渡しを求めた義和団・白蓮教の本拠に単身乗り込み、相手の片腕を斬り落としたと言われている。 ・上海で権勢を誇っていた外国人武術家との戦いに臨むが、相手が敵前逃亡。 ・清末の不穏な政情下、弟子を取る事もままならない状況に追いこまれ、存続の危機に瀕していた中国武術界に流派の垣根を越えた大同団結を呼びかけた。その成果が「精武體操會」であり、その後身である「精武體育會」は現在も存続している。 ・日本人柔道家と親善試合を行なった直後に急死。死因は持病の「喀血病」の悪化と言われている。気功のやり過ぎにより肺組織を痛めていた霍元甲は、「黄面虎」と呼ばれるほど顔色が悪い人だったらしい。 これらのエピソードから、1920年代には彼を主人公とした武侠小説が上梓され、その中では北京の侠客と協力して列強占領軍と戦ったりしているのである。そして、その急死はいつしか「負けた腹いせに日本人が毒殺した」という話になり、後の電影系列などでそれが踏襲された結果、すっかり定説となってしまったのである。 2.二つの精武門電影 日本人で「霍元甲」と聞いてピンと来た人は、「精武門」をご覧になった事があるに違いない。 「精武門」=日本公開題名「ドラゴン 怒りの鉄拳」(1971)。 言わずと知れた、ブルース・リー/李小龍の代表作である。 師父・霍元甲の急死の謎を追い、弟子・陳真の探求と報仇の戦いを描いた本作は、当然のように日本人による謀殺説に立っており、「東亞病夫」の看板による侮辱や、一身に罪を引き受け、精武門存続の為に命を散らす陳真のラストまで、ある「典型」を形作っている。謂れなき侮辱を許さず、誇りを取り戻す為に戦う…日本人には微妙な感情を呼び起こす設定なのにも関わらず、本作は世界中に受け入れられる「古典」となり、それは日本人の観客にも同様なインパクトを持っていたのである。 その作品から二十数年後。功夫皇帝として香港映画界に君臨した李連杰は、「精武門」のリメイク作品に取り組もうとしていた。 「精武英雄/フィスト・オブ・レジェンド 怒りの鉄拳」(1994)である。 監督は特殊部隊・銃器マニアとして知られるゴードン・チャン/陳嘉上。本作ではアクション監督にユエン・ウーピン/袁和平を迎え、オリジナル「精武門」にリスペクトを捧げるオーソドックス功夫映画として撮られている。 オリジナルと大きく違うのは、作中の「日本人」のポジション。勿論悪の巨魁たるラスボスは日本陸軍の軍人であるが、霍元甲の最後の対戦相手だった日本人武道家は、毒殺により自分の武道精神が汚されたと怒っている。李連杰演じる陳真は、京都大学に留学しており、日本人の娘を恋人としている。その娘の叔父貴分である武道家が、香港でもアクション俳優として有名だった倉田保昭であったりするのである。 日本人と付き合っている為、陳真と霍元甲の実子である霍延恩には確執があったりしたが、最後には精武門を「東亞病夫」と侮辱しようとする陸軍軍人・藤田を激闘の末、倒す事により師父の仇を討ち、誇りを守ったのであった。 二本の精武門電影の間には年月の隔たりがあり、演じる俳優のキャラクターの違いがある。そして、更に十年の歳月を経て、再び李連杰は戻ってきた。今度は精武門電影で仰ぎ見られ、武術の師として理想化されてきた「霍元甲」を自分の手で実体化するためである。 3.李連杰と「霍元甲」 2004年12月26日。李連杰は家族とともにモルディブに居た。そして。 未曽有の大災害であるスマトラ沖地震によるインド洋大津波に遭遇したのである。幸い、家族と共に無事だったものの、その災害がもたらしたものを余りにも身近に見た彼の心には、忘れられない思いが残った筈だ。 敬虔な仏教徒として知られる李連杰が、次第に自らの身に付いた「功夫」の在り方、表現方法に慎重になっていったのは、彼の出演映画の変遷に表れ、ともすれば「理屈っぽい」との評価も受けてきた。「天下の為に剣を捨てる」事を選択した「英雄」(2002)では、権力への屈伏じゃないかとまで言われたものである。だが、李連杰は意に介さなかった。彼の心にある誇りと志は、ちっぽけな権力闘争とは無縁の境地で在らねばならないし、それを凌駕する事を目指すものだったからだ。 リュック・ベッソン製作による「ダニー・ザ・ドッグ」(2005)では、彼は人格を奪われた殺人機械として登場する。心なき力がどういうものであるのか、実に精確にまた赤裸々に李連杰は表現してみせた。だが「世界」を知り、自分が人間である事を取り戻した彼は、最後のファイトで最初のものとは違う「心」を見せる。武術は心の形を映し出すもの。口で言うのは簡単だが、他人に分る様に表現してみせるのは至難の業である。 そして遂に、彼は言った。「この映画を私の最後の武術映画にします」 その覚悟を持って臨んだのが「霍元甲」だったのである。当初、これで映画自体から引退するのか?などという観測もあり、ファンには動揺が走った。しかし、彼が繰り返し演じて来た伝説的な武術家としての最後の境地をこの映画に込めるという事が伝わってきた時、「見届けなければならない」と密かに心の中で拳を握りしめた人間は多かったのである。 4.「霍元甲」の語るもの 映画「霍元甲」の物語は、シンプル且つストレートである。ちょっと語り過ぎなんじゃないか、と思われる部分もあったりする。これは字幕も直訳に近い雰囲気であるという部分に負っているのかもしれないが。 しかし。今どき清末の辮髪の武術家を、ケレン味たっぷりに演じてどうなると言うのだろうか。李連杰が動乱の時代に托して描きたかったもの。それは現代中国をも照射し、他国にも通じる普遍的で力強い物語だったと思われるのである。「古装片」つまり「時代劇」の効用はそこにある。時代を越えて何か「真実」であるもの、それをストレートに描きたい時、時代の隔たりは劇的効果を生むのである。 李連杰は語る。同胞の自殺激増の報に心を痛めた事を。生まれる時は選べなくても、前を向いて死ぬ迄生き続ける勇気が尊い事を。そして、今作の武術は何かを語る為の装置ではなく、主題そのものなのだ、と。映画外の言辞としては驚く程に率直かつ饒舌なものであり、普通は「映画で語れよ」と言われてしまうような事ではある。だが、李連杰の気持ちの切迫度は、そんな衒いや躊躇いを越えていたのではないだろうか。李連杰は言っている。「重荷を背負っていた」と。 李連杰は、苦しい「時代」に翻弄される人間に、心を寄せながらある遙かな一点を指差したのである。敵は自分自身の内にある。克己こそが「武」の目的なれば、それを育むのは「徳」である、と。曰く「武徳」也。 曾て、霍元甲は精武體操會のために「三育」を掲げた。「知育」「体育」そして「徳育」である。これは単純なお題目ではない。心なき「武」は人を蝕む。乱世に臨んで、他者を敵としてお互いに争っている場合ではない。知をもってそれを理解し、徳をもってそれを制する。それは時代に呑み込まれる人間が誇りを拠り所に踏みとどまる、唯一の手段だったのである。切実さが違うのだ。 其処に到る道筋を、霍元甲という伝説の武人の物語として語る事は実は大胆なアプローチである。彼を過ち多き人間として挫折させ、その修羅を潜ってある境地に達したと描くのは、今迄に無い「伝説」の創出なのである。 「毒殺」を踏襲しながらも、「報仇」を禁じる霍元甲の物語。数多い「精武門電影」のドラマツルギーを踏み越える意思は、自分も一個の武人である李連杰の「実感」から発したものであると思われる。「他人のドラマ」であれば、彼はそのドラマの論理に従って演じただろう。かつて「陳真」を演じた時のように。しかし、この映画は「自分のドラマ」だったのである。だからこそ、この一作をもって「語るのを終る」と李連杰が言ったのは、「語り切ったから」という思いと共に、職業俳優としての慎みであるとも考えられる。 5.「SPIRIT」のために 「霍元甲」のために集った人々の中に、周杰倫が居た事は中華映画ファンや中華芸能ファンには良く知られていた。李連杰をして「同じテーマを語るものができたので、自分の重荷を下ろす事ができた」と言わしめた彼の曲とミュージックビデオは、「霍元甲」の世界を別の形で様々にアピールするものだった。自ら李連杰のビッグファンである事を広言し、小さな頃の夢は「李小龍になること」だった周杰倫である。「入魂」という言葉はこんな時に相応しい。映画のために、李連杰のために、そして、その物語が語る「誇り」のために…。 では、「SPIRIT」のためには…一体何が行なわれたのだろうか。 日本と中国の間には切っても切れない絆がある。一衣帯水の宿命がある。辛い歴史も行き違いも争いもある。日本は極東に位置し、アメリカやヨーロッパにあるのでは無いのだ。武道の心を理解する人間も多いと言うのに、この映画が本来の形を日本での上映で全うできなかった事を、本当に残念に思う。 配給会社に愛がないのなら、この映画を愛する人間が何かをやるしかないのである。 (附記)「霍元甲/FEARLESS」製作に関わった人々 監督・製作:ロニー・ユー/于仁泰 1950年香港生まれ。アメリカの大学卒業後、ワシントンDCで映像制作アシスタントして働いた後、1975年に帰国。「巡城馬/ポストマン・ファイツ・バック」(1980)、「龍在江湖/ファイアー・ドラゴン」(1986)、「白髪魔女伝/キラー・ウルフ」(1993)、「夜半歌聲/逢いたくて、逢えなくて」(1995)などで、香港映画ファンにはお馴染み。ハリウッドでは「チャイルド・プレイ/チャッキーの花嫁」(1998)、「フレディvsジェイソン」(2003)で、何故かホラー映画ファンの高評価を得る。 脚本:クリスティン・トー/杜緻朗 香港生まれ。香港城市大学在学中にアンディ・ラウ/劉徳華に認められ、「江湖/ベルベット・レイン」(2004)で脚本家デビュー。トリッキーな作劇が新世代香港映画の象徴と評価されたが、今作はオーソドックスに評伝物に挑んだ。 脚本:クリス・チョウ/周隼 中国出身。アメリカで教育を受け、南カリフォルニア大学で映画製作を専攻。脚本家としてクレジットされた一般劇場公開作品は、本作が初めてと思われる。 製作:ビル・コン/江志強 香港のインディペンデント映画製作会社、安樂影片有限公司(EDKO Film Ltd.)の行政総裁。中国本土、香港、ハリウッド、韓国などで精力的に合作映画製作に携わる。「臥虎蔵龍/グリーン・ディスティニー」(2000)でColumbia Pictures Film Production Asiaと組み、ハリウッドで活躍中の台湾人監督、アン・リー/李安、アクション監督にユエン・ウーピン/袁和平を起用、香港、中国からキャストを集め、世界公開する超大作に仕上げた。この製作手法が、その後の香港・中国映画製作に与えた影響は大きい。「霍元甲/FEARLESS」も、巧みにハリウッド人脈を生かした「その路線」映画と言う事もできる。なお、現在チャン・イーモウ/張藝謀監督で撮影が進められている周杰倫出演映画、「満城尽帯黄金甲」(香港/中国合作)の製作者でもある。 撮影:プーン・ハンサン/潘恒生 香港映画界の名手の一人。ロマンチックな文芸映画も得意だが、激しさで鳴る香港アクションを正確且つダイナミックに撮る事に長けている。ツイ・ハーク/徐克「刀馬旦/北京オペラブルース」(1986)、チン・シウトン/程小東「倩女幽魂/チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」(1987)、ジョン・ウー/呉宇森「縦横四海/狼たちの絆」(1990)、スティーブン・フォン/馮徳倫「大[イ老]愛美麗/エンター・ザ・フェニックス」(2004)、チャウ・シンチー/周星馳「功夫/カンフーハッスル」(2004)などで、香港映画のエポックメーキング作品に立会っている撮影監督である。なお、坊さん役で映画出演するなど、トボケた味わいの役者としても知られる。 アクション監督:ユエン・ウーピン/袁和平 父・袁小田の薫陶を受け、弟・袁祥仁と共に香港映画界のみならずハリウッドでも活躍するアクション監督。本編監督としても「酔拳/ドランクモンキー」(1978)を撮っている他、「霍元甲/激突!キング・オブ・カンフー」(1982)という精武門映画の監督でもある。「黄飛鴻二之男兒當自強/ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地大乱」(1992)で、ジェット・リー/李連杰の代表作と謳われるベストバウトを演出、李連杰とは「太極張三豐/マスターオブ・リアル・カンフー 大地無限」(1993)や精武門映画の一つである「精武英雄/フィスト・オブ・レジェンド 怒りの鉄拳」(1995)、「不死狗/ダニー・ザ・ドッグ」(2005)でも組んでいる。 編集:バージニア・カッツ 全米映画編集者協会会員。ハリウッド映画/テレビシリーズの編集者である。 映画監督ビル・コンドンと長らくコンビを組み、「ゴッド・アンド・モンスター」(1998)、「愛についてのキンゼー・レポート」(2004)などが日本でも公開されている。香港映画との接点は本作が初めてと思われる。彼女のこの映画への参画がどのような経緯で決ったのかは興味深い。香港映画界にはアクション編集が得意な編集者は山ほど居るのである。 by 酔猫 |
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